すでに自己紹介の記事はありますが、
今日は「畑とジャムと。」という名前について、
少しだけ書いてみようと思います。
なぜ「畑」なのか
畑に向かう朝は、
毎日いつも元気、というわけではありません。
「もう少し寝ていたいな」と思う日もあります。
それでも、生き物たちは毎日お世話が必要です。
畑に出て、
「元気?」
「いつもありがとう」
そう声をかけながら水をあげる。
気づいてあげられなかった日には、
「ごめんね」と声をかけることもあります。
水をもらって元気になる植物たちを見ているうちに、
不思議と、こちらの気持ちまで整っていきます。
辛かった朝も、
気づけばすっきりとした気分になっているのです。
畑は、
太陽と水の大切さ、
そして、手をかけてあげることの大切さを、
何度も教えてくれる場所です。
時計は気になりません。
畑に立っていると、
「私は今、何をしているのかな?」
と、自分を少し離れて見つめ直す瞬間があります。
畑がなかった頃の自分に声をかけるなら、
「何か、足りなかったんだね」
そう言うと思います。
畑は、働く場所でもあり、戻る場所でもある。
今の私にとっては、
健康を支えてくれるパートナーのような存在です。
色で表すなら、
あたたかくて、やさしいオレンジや茶色。
それが、私の中の「畑」です。
なぜ「ジャム」なのか
ジャム作りは、
煮始める前に、フルーツに砂糖をまぶすところから始まります。
火にかけたあとは、
「ぐつぐつ」という音に耳を澄ませながら、
火が強くないか、何度も確かめます。
家じゅうに広がる香り。
特に、いちごジャムの香りは、
今でも少し胸が高鳴ります。
味見の瞬間は、毎回ドキドキです。
「おいしいかな」
「ちゃんと、この子の味になっているかな」
心に余裕があるときほど、
「今日はいいジャムになるな」と感じます。
もし思うようにいかなかったとしても、
「これはこれでおいしい」
そう受け止めて、
「次は、ここを少し変えてみよう」
と考える。
ジャム瓶に詰めるときは、
いつも願っています。
丁寧に。
おいしく。
長く食べられますように。
ジャム作りは、
私にとって
活力であり、修行であり、
自分を見つめ直す時間でもあります。
ジャムがある暮らしは、
どこか「豊か」で、
少し「贅沢」。
それは、高価だからではなく、
時間と気持ちをかけているからだと思っています。
そして「と。」
「畑とジャム」だけだと、
どこか足りない気がしていました。
畑も、ジャムも、
どちらも大切。
でも、それだけだと
自分の中で完結してしまう気がしたのです。
「と。」をつけたとき、
すとん、と気持ちが落ちました。
ふにおちた。
そんな感覚でした。
「と。」は、区切りではなく、つなぎ。
畑と、ジャムと、
その先にいる誰かと。
あなたと。
大切な人と。
名前を声に出して言うと、
「と。」のところで、
少し声量が小さくなります。
それは、
そっと寄り添うような、
余白のある響きが好きだから。
深く考えてつけたわけではありません。
直感でした。
でも今は、
この「と。」があることで、
体と気持ちに余白が生まれ、
他者にも、生き物にも、
少しやさしくなれる気がしています。
もし人生に「と。」がなかったら、
きっと、
周りへの配慮に欠けてしまう気がします。
このブログの名前に込めた願いは、
とてもシンプルです。
あなたのそばに。
畑と、ジャムと、
そして、その先にいるあなたと。
これからも
「畑とジャムと。」を
どうぞよろしくお願いします。


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